◆現代医学の限界

  今日までの医学は、心と身体を別々に分けてやってきました。

  ヨーロッパにルネッサンスが起り、「神様の物は神様に戻そう。残りは肉体だから人間も動物も皆同じだ」という考え方が出てきました。これで人間の解剖や動物実験ができるようになりました。

  それまでは人間は神の子ですから、うかつに解剖などできません。また、人間には、心も精神もあるので、動物とは違います。猫や犬とは同じ様には考えられません。

  犬や猫で得られた実験結果が、人間には当てはまるか分かりません。それでは動物実験は出来ません。


  心と身体を分離したことで、画期的に医学は発展できるようになったのです。その最先端が、分子生物学です。すべてを遺伝子によって解明しようとしています。

 それは素晴らしい発展ではありますが、しかし、そのように分けてしまうと、当然問題が起こってきます。理解できない事柄がたくさん出てきます。


◆心身医学でないと理解できない


  例えば、自律神経失調症は、頭痛やめまい、肩こり、動悸、息切れ、胃部不快感、全身の疲労感と、さまざまな症状が出て、本人は大変苦しいのですが、どこを検査しても、身体の異常は見つかりません。

 自律神経系に異常があるのかと調べても、自律神経系の細胞は正常です。原因は、持続するストレスです。ストレスにより自律神経系が過度に緊張して起こる病気です。ですから、ストレスを解決しない限り、マッサージやサウナや頭痛薬も効果は一時的であり、再発を繰り返すのです。

 過敏性腸症侯群という病気を見ればよくわかります。「この電車は次の駅まで20分は止まらない。トイレに行けない」と思うと、トイレに行きたくなる。あるいは、重要な会議で「2時間は外に出られない」と思うと、とたんにもよおしてきて会議に出られない。緊張が自律神経系を通して腸を刺激するのです。

 こうした病気は、心のコントロールがうまくいかない限り治りません。心と身体は一体として考えねばならない、ということがわかります。


  高血圧もよくわかります。カーとしただけで血圧が上がるので、心と身体が一体であると考えないと理解出来ません。それが心身医学が誕生した理由です。

  考えてみたら人間の心と身体は別々にあるのではなくて一体であるという、当り前の事実に気付いただけです。

  内分泌ホルモン系についてもそうです。ストレスがあると、例えば、甲状腺ホルモンがたくさん出ているようなバセドウ病があれば悪化します。

  それから、副腎皮質ホルモン、これは有名なホルモンです。アトピー性皮膚炎のときに塗るとか、喘息のときとか、ネフローゼのときに使う強力な薬ですが、副腎から分泌されているホルモンです。

  ストレスがかかると副腎皮質ホルモンの分泌が増加します。そうすると血糖を上げます。自律神経も血糖を上げますから、
糖尿病が悪化します。

  性ホルモンにもストレスが影響します。強い不安があれば
生理が狂ったり、時に無くなったりします。これは生物的な適応としてみると、非常によく分かります。

  不安が強い環境や状況では子供を産むのは危険です。不安があると生理が止まって子供が産めなくなる。これは適応現象なのでしょう。

  それから、最後の免疫系です。例えば、大きな悲しみがあると、その後
がんが発生しやすいのではないかと考えて調べた研究者がいます。

  その研究者は一番大きな悲しみは、長年連れ添った夫婦が、そのどちらかに先立たれることだと考え調べてみると、そういう方にはがんの発生が多かったということが報告されています。

  あるいは、同じ様にがんになっても、積極的に前向きに明るく生きる人は長く生きる。極々稀ですけども、自然治癒もあり、治ってしまう人もいるということです。

  そういう人達の性格を見てみますと、非常に明るくて前向きだととうことが報告されています。免疫系が活性化するのでしょう。この方面の研究はまだ始まったばかりなので、確定的なことを言うには、もっと多くの研究が必要ですが大変興味のあるところです。

  このようにストレスがあると、頭の上から自律神経系、内分泌ホルモン系、免疫系に爆弾を落としているのと同じです。これでは健康にはなれません。さらに昼間だけではなく夜もそうです。

  最近は簡単に24時間心電図をとれます。それで見ると夜中に不整脈が発生している人が結構います。どういう時かと言うと、夢を見てる時です。怖い夢や腹の立つ夢です。

  すると、自律神経系が刺激されて不整脈が発生する。このように、昼も夜も身体に爆弾を落としています。

  それと、もう一つ大切なことは、ストレスかかるとストレスを発散するために過食、お酒、煙草が必要になると言うことです。ストレスが原因で「食べている、飲んでいる、吸っている」、思い当たる事はないですか。

  私の診療室には、痩せたいと言ってこられる方も多いですが、「なぜ太ったんですか」聞くと、「食べたからだ」と答えられます。それはそうでしょう。食べないで太る宇宙人のような人いません。

  私が聞きたいのは、食べたら太る事が分かっているのになぜ食べたかです。その理由を聞くと、やはり家庭でイライラすることがあったとか、仕事がうまくいかないとか、試験に失敗したとか、失恋したとか、どうもそれらが原因ということが多いです。

  もっと悲惨なのは、日頃「食べてはいけない、飲んではいけない、吸ってはいけない」と思って頑張っていると、それ自体がストレスです。「不快指数」が上がる一方です。

  頑張れば頑張るほどストレスになり、さらにイライラして過食・お酒・タバコが必要になる、という悪循環に落ち込むことでしょう。

  こうして見ると、医者や栄養士は随分ひどいことを言っています。ストレスがあって、食べたり飲んだり吸ったりしているのですから、ストレスを解消する方法をサポートしないといけないのに、「飲むな、吸うな、食べるな」です。

  「また失敗ですか。そんなことでは駄目ですよ」と患者さんを責めるのですが、それは残酷です。
頑張ろうとしていること自体がストレスですから、そのうえに実生活上のストレスがくれば、食べてしまいます。

  一度食べれば、情けない自分を忘れるために、「もうどうでもいいや」とやけぐいになります。
もう、十分自分を責めているのに、さらに医者や栄養士から「まただめじゃないですか」。これでは立つ瀬はありません。


◆プラス思考・前向きも逆効果


  ストレスの解決法となると、
「強い人間になろう」ということで、身体を鍛えたり、死の特訓に参加したりされる方があります。

  しかし、それで本当の解決になりますか。すぐに元の木阿弥になりませんか。あるいは忘れてしまおう、気にしないでおこうという方もおられますが、忘れられますでしょうか。

  あるいは、最近は
プラス思考や前向きに考えようと言うことがよく言われます。これも問題だと私は思っています。

  プラス思考や前向きに考えられるのは、まだ身体も心も比較的元気なときです。会社は倒産し、自分は病気になる。子供はいじめで学校へ行けない。

  そのように
とことん追い詰められたときに、プラス思考はできますか。前向きに考えようとしても、何もできない自分を攻めるだけではないでしょうか。

  まして、歳をとり身体が動かなくなり、最後は死ななければなりません。死に直面してどんなプラス思考があり得るのでしょうか。

  元気な人はサポートする必要はありません。プラス思考もできない人にこそサポートがいるのです。その時に「元気を出せ」は残酷ではありませんか。

  「あなたはできるはずだ」とか「皆が期待しているよ」とかいう励ましは、「今のあなたは駄目ですよ」と言っているのと同じです。崖プチに立っている人の背中を押すことになります。


  疲れ果てたときには、決してプラス思考や前向きに考えないでください。また、疲れ果てている人に対しては、決してそれを押しつけないでください。



◆心身医学的に見た病気の成り立ち

  このようにストレスは、2つの経路で健康を破壊します。

  一つは、心身相関を直接悪化させるのと、もう一つはストレスを発散するために、過食やお酒や煙草が必要になり生活習慣が乱れることです。


 
この2つの結果として、肥満、高血圧、糖尿病、高脂血症になります。どの病気が出るかは、一人一人遺伝子がちがいますので、高血圧の遺伝因子があれば高血圧が出るし、糖尿病の遺伝因子があれば糖尿病がでます。

  それから、もう一つは年令です。若い時は病気は現れず、肥満や自律神経失調症ですみますが、年齢と共に発病してきます。

  このように、年令と遺伝因子によって、どういう病気や症状が出るかが決まる。これが心身医学的な病気の理解です。


  従来の医学は、「身体のことは内科、外科、小児科で診てもらいなさい。精神的なことは精神科で診てもらいなさい」と分けておりますから、ストレスとの関係がよく分かりません。

  いろいろな自覚症状があっても、内科で一通り検査して異常なかったら、「気のせいですよ」といって帰えされることになるのですが、心身医学から見れば正に気が病気の原因になっているのです。

  「ストレスを解決しない限りは解決はないのです」ということが非常によく分かります。


◆生活習慣病はストレス病

  平成8年の秋、厚生省は、「成人病という呼び名を生活習慣病と変更する」と発表しました。これは実は大変大きな変更です。成人病とは、高血圧、糖尿病、高尿酸血症、さらにがん・脳卒中・心筋梗塞などの総称です。

  「成人病」という名前であれば、年をとるとともに起こる病気です。原因は老化ということで、治療は薬や注射というイメージになります。

  しかし、「生活習慣病」であれば、原因は生活習慣の悪化であり、治療は生活習慣の改善ということになります。過食・お酒・タバコ・運動不足・過労です。「あなたの生活習慣が悪いのですよ」ということです。

  確かに、生活習慣の改善さえすれば、がん・脳卒中・心筋梗塞のかなりの部分が予防ができるというのは事実です。がんは、禁煙で1/3、食事で1/3も防ぐことができると言われています。

  心筋梗塞と脳梗塞は動脈硬化から起こりますから、動脈硬化の原因である高血圧、糖尿病高脂血症、運動不足、ストレスなどを改善すればよいのです。脳出血は高血圧を改善すれば予防できます。

  私たちは、自分のうちに強力な生命力を持っています。それを、私は、この20年間つぶさに見てきたのですが、この生命力を活かさない手はないはずです。だから、厚生省の発表はいかにも正論なのです。

  一見単なる名称の変更のように見えますが、治療方針を薬物療法から生活習慣の改善に変えることであり、まさに革命的な発表といってよいでしょう。

  もし正確に内容が理解されれば大変なことであり、厚生省の強い意志を感じさせる出来事です。

  医学の教科書は「肥満した人の糖尿病はまず減量をすること。高血圧には減塩をすること。薬物療法はそのあとにすること」と強調されます。

  私に糖尿病の講義をしてくれた教授は、特にそのことを強調されていました。ただ、その先生は肥満体でした。大きな体をゆするように、講堂に入ってこられて、まじめに顔で減量の必要性を説かれるのがかえって印象的で記憶に残っています。

  しかし、ではどうすれば生活様式が改善できるのでしょうか。生活習慣の改善を真剣に考えれば、単に「食べるな、飲むな、吸うな」では効果が上がらないのは、誰でもが知っていることです。いい方法がありません。

  結局は今までと同じように、「頑張っては元の木阿弥」の繰り返しで、病気が発症すれば薬物療法ということになりそうです。


  もう14年も前のことになりますが、私は西ドイツのハイデルベルグにあるヨーロッパ分子生物学研究所というところにおりました。

  私の指導をしてくれた教授は理学部の出身の方でしたが、一日に60本もタバコを吸っておられました。ある日、「笹田君、肺がんにならない方法を教えてくれませんか?」と聞かれたので、待ってましたとばかり「先生、それはタバコをやめることです」と答えました。

 すると、「そんなことは素人でも知っている。医者の君にわざわざ尋ねることではない。聞いているのは、タバコを吸い続けても肺がんにならない方法だ」と叱られました。独創性を最重要とする教授らしい返答でした。

  しかし、タバコをやめる以外に良い方法はありません。WHOもさかんに禁煙キャンペーンをしています。タバコがいかに悪影響を与えているかということです。

  ただ、WHOも大学も良い方法を提案してくれません。それは「タバコを吸う原因」を見ていないからです。同じことは、減量や減酒についても言えます。

  そこで、心身医学的な理解が必要なのです。過食・お酒・タバコの原因はストレスです。生活習慣の改善に成功するには、ストレスの解決が必要です。

  つまり、「生活習慣病」とは「ストレス病」であることが理解されなければなりません。ストレスの解決は、まさにがん・脳卒中・心筋梗塞の予防に必要なのだという理解です。

  ですから、健康になるためには、どうしてもストレスの解決が必要なのです。そして、それは心身医学的に考えれば当然のことです。
「健康医学は心身医学でなければならない」、ということなのです。
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