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タイトル無の文化による心身医学が、自分を、社会を、世界を救う
記事No79
投稿日: 2014/03/20(Thu) 22:22
投稿者sasada
日本は、常に、外国文明の輸入国でした。

古くは、中国、インド文明であり、さらに、ヨーロッパ文明、戦後は、アメリカ文明です。

一度も、世界の文明の中心になったことがありません。世界を導いたことがありませんので、常に、自信がありません。

世界で行われていること、先例があることを、取り入れることが、思考パターンになっています。

国自体がそうですから、個人においても、独自に考えることや独自に実行することには、全く自信がありません。

皆と一緒が良いことであり、安心できることです。

皆が良いと考えることが良いことであり、皆が正しいと考えることが正しいことであり、皆と一緒であることが、唯一の価値であり、よりどころです。

確かに、後進国であったときには、それで良かったでしょう。外国から進んだものを取り入れ、それに工夫を加えて普及させるというやり方で正解でした。

しかし、自我の問題は、そうはいきません。

自我の問題は、現代を支える西洋文明の行き詰まりだからです。西洋文明が、解決できない問題であり、それで、西洋文明が崩壊しようとしている問題だからです。

外国に頼っても、役に立ちません。どんなに、皆と一緒をしても、時間の浪費に過ぎません。

そのことに、日本人は、全く気が付いていません。気が付こうとする気もありません。

漠然とした不安が広がっています。漠然とした不安が広がれば広がるほど、不安をかき消すために、皆と一緒をします。

常に、自己防衛のために、皆と一緒が必要です。さらに、自分の存在価値の証明のために、世間が必要になります。社会が必要になります。

現代の日本人に、自分の存在価値の証明を、社会の価値観や常識によってしようとするPKが非常に多いのは、このような背景があるのだと思います。

現代が、ルネッサンス文明の崩壊期である以上、その模倣しかできない日本の世間に頼っても、自分の存在価値に自信など持てようはずがありません。このまま自滅するしかありません。

治療不可能ですが、治療不可能だという危機感があれば、まだ、チャンスはありますが、皆と一緒ですから、治療不可能などということには無関心です。皆と一緒に無感動化し、滅びていくしかありません。

ただ、この日本においても、良いことがあります。それは、無の文化です。そして、無の文化の体得の方法としての、断食と坐禅があるということです。

ルネッサンスに入り、神を否定し、神から自由になった自我は、素晴らしい文明を築くはずだったのですが、科学は唯物論となり、自由平等博愛は簡単に自己中心主義に取って代わられました。

自我は、K(自分の存在価値を人に認めさそうとする自分)やPKとなり、自滅のシナリオを現在も進行中です。

この文明を救うことは、唯物論と自己中心主義に陥った自我が、どんなに考えても不可能です。

私たちは、自分の中にあるものしか見えません。唯物論と自己中心主義に陥った自我は、唯物論と自己中心主義の世界しか見えません。

唯物論と自己中心主義に陥った自我を手放さない限り、何も見えないのです。事実の世界も、真実も、何も見えないのです。しかし、自我を手放す方法を、西洋文明は持っていません。

「私たちは何も知らないという無知の自覚に達することが最高の知性である。」というソクラテスは、無知の自覚に留まったままです。無知の自覚に達した自我を手放す方法を持っていません。

「我思う、ゆえに我あり」というデカルトも、自我の状態のままです。どこまで行っても、自我のままです。その自我が、行き詰まり、崩壊しようとしているのです。

最も、ソクラテスやデカルトが、本当は、どんな世界を見たのかは、誰も知りません。歴史は、所詮、後世の人間が作り上げたものだからです。ソクラテスやデカルトが、どんな世界を見たにせよ、私たちが、知ることができるのは、後世の人間が作り上げたものであり、そこには、行き詰った自我を解決する方法はないということです。

しかし、日本には、無の文化があります。その方法として断食と坐禅があります。無の文化も、インドと中国から伝来したものですが、現在、生き続けているのは、日本です。

頭をカラッポにするという無の文化とその方法である断食と坐禅は、文化としてみれば、一つの文化に過ぎないかもしれませんが、私は、心身医学の方法として、これらを取り入れました。心身医学の方法としてみれば、これに勝る方法はないと言えるぐらい素晴らしいものです。

断食と坐禅は、心身相関を最高のレベルまで高めるものです。社会も過去も自我も消え去ります。生命力と充実感が満ち溢れてきます。Fzero体験です。Yuを知り、実感することが可能になります。

今まで、闇夜のジャングルでさ迷っていたのが、朝が明けて、小高い丘の上に登った時のように、何もかもが、はっきり、くっきりと見えます。

はっきりと見えますので、考え悩むことなどありません。迷って迷って決断する必要もありません。目の前に、くっきりと見えるのですから、考えたり決断する必要はないのです。

目の前に見えるものは単純で明快です。私はYuの子であり、この世界はYuの世界です。

今まで、一度も世界の文明の中心となったことのない日本は、無の文化を取り入れた私の心身医学によって、自分と、日本と、世界を救うことができます。

人類の滅亡の危機に直面した世界を、救うことができるのです。

どうか危機感を持ってください。そして、無の文化による心身医学を自分のものにして、救われて下さい。無一物、即無尽蔵、自由自在の生き方を手に入れてください。それが、本当に危機に直面している世界を救う唯一の道になるのです。