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タイトルYu(ユー)の世界と宗教、科学の関係は?
記事No13
投稿日: 2014/01/19(Sun) 17:41
投稿者sasada
  「Yu(ユー)の世界と宗教と科学の関係はどうなっているのですか?」という質問をよくされます。

  宗教と科学は、戦いの歴史でした。「地球が太陽の周りを回っている」と科学的事実を言っただけでも、ガリレオやコペルニクスは宗教裁判にかけられ命が危なくなるようなありさまでした。

  宗教は科学を弾圧しました。しかし、その宗教はその後の科学の発展によって否定されました。「神は死んだ」のです。

  ところが、科学が宗教を完全に葬ったかというと、そう簡単ではありません。

 ニュートンは、物理の法則を明らかにした感想を、「私は浜辺できれいな小石を見つけて喜んでいる子供のようなものにすぎない」と、語っています。アインシュタインも、「宇宙の調和を見ていると神の存在を信じざるを得ない」という言葉を残しています。

  最近では、宇宙から地球を見た宇宙飛行士が、神の存在を感じたというようなことが起こっています。

  真相はどうなのでしょうか。真実は宗教と科学は対立するものではないのです。

  キリストやお釈迦さんは、Yu(ユー)の優しさの面を見ました。それを彼らは神や仏と呼びました。一方、ニュートンやアインシュタインはYu(ユー)の法則の面を見たのです。

  Yu(ユー)の世界から見れば、宗教と科学は対立するものではなく、感情や感性、直感で知る世界と、知性や論理、科学で知る世界があるのです。Yu(ユー)を見る立場や方法が違うだけなのです。

  ただ、宗教もキリストやお釈迦さんのように本物を直接見た人と、その後の宗教の歴史が示すように、弟子たちやその権威を利用しようとしたさまざまな人間によって、大きく変質させられたものとは違います。

  問題は、本物かどうかです。偽物を見たのか、自分に都合の良いように偽造したものなのかどうかです。さらに、本物にしても、どの程度見たのか、ごく一部を見たにすぎないのかよって全く違ってきます。

  Yu(ユー)の2つの面という話は、あくまでもキリストやお釈迦さんとニュートンやアインシュタインのように、本物同士の間で通用することです