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タイトルEへ向かう根本的な原因
記事No124
投稿日: 2011/05/08(Sun) 15:58
投稿者sasada
  Fの人はEへ向かってはなりません。それは自滅のシナリオです。しかし、不安が強ければ、どうしてもEへ向かいたくなります。その原因は何でしょう。

  不安があれば社会適応に向かいたくなるのは、村八分社会の集団無意識のためでしょう。「皆と一緒が良いのだ。一緒でない者は排除される」という集団無意識です。日本は特に、この集団無意識が強い国です。

  ですから、不安が強ければ強いほど、集団無意識から離れることは、逆に不安が増強することです。集団と一緒になろう、社会適応しようとするのは当然です。しかし、社会適応は、Fを押さえ込み窒息させることになり苦悩が起こります。

  この集団無意識は強力なものですから、私たちは無力です。しかし、よく考えてみましょう。村八分になって何が怖いのでしょうか。貧しい時代でしたら、それは餓死や処刑を意味することですから確かに怖いことでした。しかし、豊かな現代、村八分になっても餓死はしません。逮捕もされません。

  ですから現代では、村八分の恐怖は、私たちの心の中にあるものです。私たちが、その恐怖を受け入れているのです。何故か? それは私たちの心の底に根本的な不安があるからです。

  その根本的な不安は、「自分で生きている」と思いこんでいることから来ます。私たちの殆どは、自分で生きていると思っています。自分で生きているのなら、自分の生命は自分で守らなければなりません。心臓も肺も肝臓も腎臓も、すべて自分で動かさなくてはなりません。

  自分で管理していないと死が来るという脅迫感です。意識はしていないでしょうが、それだけに、潜在的な不安と緊張を引き起こします。自分で生きていると思っている現代人は、常に生命の不安を根底に抱えて生きています。見たくないし、考えたくないですから、意識の下に押し込んでいます。

  意識の下に押し込まれた不安は、原因が見えなくなりますから、まさに不安です。そして、この不安があるために集団無意識と一体化したくなるのです。不安があれば、まず社会適応をしようと考えるのです。

  しかし、社会適応をどんなにしても、得られるものは一時的な成功や安心に過ぎません。一時的にはごまかせたとしても、不安は解決されません。だから、より一層社会適応へと駆り立てられます。

  一方、それは、Fを抑え込む行為ですから、FとEとの葛藤、そして社会適応のご破算、一時的な開放感、しかしまた不安。そしてまた社会適応という自滅のシナリオに吸い込まれていきます。

  解決は、事実を知ることです。私たちは、医学的に生かされて生きています。しかも、偶然にではなく、Yu(ユー)の必然によって生かされています。その上、かぎりない優しさです。「5つの発見」が解決だというのはこのためです。