9.社会の評価で、自分の価値を決めているからではないですか?


 

◆あなたの人生の原点はなんですか?

◆あなたは自分の価値を何によって決めていますか?


  「自分の山」を登ろう、そして充実感と健康と個性的な仕事を得よう、それが「心の時代」の生き方です。このあたりまで、進んで来ました。

  では、なぜ、「他人の山」ばかり登って、「自分の山」を登れないのでしょうか。それは、自分の価値を社会の評価で決めているからではないでしょうか。社会の評価を得るためには、「他人の山」を登らなくてはなりません。

  人生の原点、自分の価値を決める基準、それが何なのかということが決定的な問題になって来るというわけです。

  私は内科医でしたから、死んでいく人を看取らなければなりませんでした。白い死のベッドの上で、患者さんは多かれ少なかれ、悔いを残して亡くなっていきます。

  全く悔いのない人生などあり得ませんから当然といえば当然ですが、「私は自分の人生を生きたのか。ただ、走るだけ、あるいはただ気を使うだけの人生ではな かったか。これでは他人の人生を生きただけではないのか」、そのような悔いを残される方を見るのは実に辛いものです。

  「自分を生きて、やり残したことがある」というのなら分かります。しかし、「本当の自分」を生きていない、「自分の山」を登っていないというのは、空しいです。そして、そのような方は決して少なくありません。

  元気なときは、原点など考えません。しかし、死のベッドの上で気づいても残された時間はわずかです。間に合いません。なんとか元気なときに考えたいものです。

  しかし、地位でしょうか。名誉でしょうか。お金でしょうか。考えてみてもはっきりとはしません。何を原点として生きているのでしょうか。

  私たちは、普通社会に原点をおいて生きています。しかし、この地球の上だけでも数数えられない動植物が生きています。人間は、その一つの種族に過ぎません。その人間の社会だけを原点とするのは変なことではありませんか。

  しかも、社会は変動します。10年もすれば変わります。100年もすれば全く違った社会になっています。日本でも、江戸時代、明治、大正、昭和、そして平 成と変化しています。そのようなものを原点としていたら、常に変動とともに揺れ動き、とうてい原点にはならないのではないでしょうか。


◆あなたは自分の価値を何によって決めていますか


  どんな人でも何かによって自分の価値を決めています。立派だと思う人も、自分はだめだと思う人も、何かの基準を持っています。その基準は何でしょうか。

  社会の評価でしょうか。しかし、試験で100点をとれたときは良いのですが、40点の時の私は駄目なのでしょうか。仕事に成功したときの私は素晴らしく、失敗したときの私は駄目なのでしょうか。結婚生活に破れたときの私はどうなるのでしょうか。

  「プラス思考をしょう。前向きに生きよう」と言っても、それができるのはまだ元気なうちです。本当に落ち込んだときには、その考え自体がかえってストレスになるだけです。

  死に逝くときには、現実を思い知らされます。地位や名誉やお金がいくらあっても命は買えません。お見舞いの人もだんだんと少なくなり、元気なときは社会的にもてはやされた人も、ただの人となります。

  「自分は何だったのだろうか」、「果たして、自分を生きたのだろうか。ただ、社会的な評価を求めて生きてきただけなのではないだろうか」という思いが去来 します。「これでは、私を生きたことにならない。先生、もう一度人生が欲しい!」、そう言って私の白衣の袖を掴んだ患者さんもおられました。

  社会の評価は残酷です。常に前進拡大していなければ評価されません。しかし、常に前進拡大できるはずはありません。まして、一度失敗すれば、今までの成果は帳消しです。それを思うと不安で眠れなくなります。

  社会の評価で自分の価値を決めていると、歳をとれば価値が低下します。サラリーマンなら定年が来ます。自分の会社でも、誰かに譲らなければなりません。お母さんの場合も、子供達は巣立っていきます。社会的な価値はだんだん少なくなってきます。

 まして、寝たきりにもなれば、マイナスになります。それでは、空しいではありませんか。この空しさが「爽やか指数」を低下させます。心身相関が悪化し身体がますます動かなくなります。

 このように、社会を原点として、社会の評価で自分の価値を決めていれば、不安と不満、そして空しくなるのではないですか。社会を原点として、社会の評価で自分の価値を決めるということは、「他人の山」を登ることです。

 社会適応を目指すわけですから、自分を抑えたり、捨てなければなりません。本当の自分を生きる、自分の山を登る」ことはできません。

 ですから、「本当の自分」を生きたいというのが、本心であるのなら、本当の原点、本当の自分の価値の基準を見いださなくてはなりません。これなくして、「本当の自分」を生きることはできません。それは、何でしょうか。それが最後の質問です。